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HASHIBILOKO
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「モノ」を卒業。
卒業の季節である。
ほうぼうで、別れの歌が聞こえる。

モノを捨てる、ということについて考えるとき、そのことを、「モノを卒業する」と書いた本がある。
0443『「挫折しない整理」の極意』
モノを卒業
 整理の極意では、人生でできるだけ多くの、卒業できるモノを持つことをすすめます。そして上手に、それらのモノから卒業することをすすめます。モノを卒業した分、あなたは成長しているのですから。(p185)


いろんなことを整理したい時期になったので、いろいろ処分しようかと思い立つ。
その時、モノを処分/捨てることは、モノを卒業することなんだと思う。

いろんなモノを卒業しようとして、でも、なかなかダメなものである。
例えば本棚の整理をしようとして、古谷実の漫画『シガテラ』を読もうものなら、今の僕が読む、いろいろな想念が湧いてきて、またその渦中に引きずり込まれ、いまだ現役生に戻ってしまう。
『シガテラ』の最後、主人公が見とれる女性のこととかいろいろに、結局つながったり・・・。
とても、「卒業」なんてできない、と思い、また本棚に戻す、全6巻・・・。

まあ、でも、そんなこんなでも、卒業できるモノというのはそれとなくあるもので。
そういうのを、少しずつ卒業していこうかな、と思う次第である。

デジカメの写真でいい「思い出」は、デジカメにして、モノ自体は処分してしまう。
そのモノが持つ、アナログな、触感や匂いを伴った、デジタル的に言うと「最大限データ量」のものを、デジタルな、わずか何メガバイトかのものに圧縮して、残す。

「ログ」である。

ところで、ドラえもんの四次元ポケットのようなものが開発されたら、デジカメに撮らなくても、そのモノ自体を放り込んでいってログ化できるんだなあ。
そうか、ドラえもんの登場が、デジタルからの離脱になるのか。
デジタル社会に未来はない!
いつか人類はアナログ回帰していくのだ!

とか、わけのわからない結論に。
written by B&M
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鳥居みゆき『みみずひめ』
ビクターエンタテインメント
¥ 1,320
(2009-01-21)

いやあ、すごかった。
この人は異色の芸能人だなあ。
こういうシュールなものが好きです。

written by B&M
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卒業。
卒業式が終わった。

自分の中学のときの卒業式は、あまり記憶にない。
高校とか、大学の時のは、もう少し記憶に新しい。
小学校なんて、卒業したっけ?という感じである。
幼稚園に卒業式は、ない。だって、卒園式でしょ(笑)。

この職業で見る卒業式は、自分の仕事の総決算でもある。
1年間の、あるいは3年間のいろいろなことを思い出す。
ひとつの区切りである。
区切りが明確にあるのって、仕事をする上ではやりやすい。
ひとつのサイクルが終わり、次の新しいサイクルがやってくる。
同じループの繰り返し、無限ループをめぐるようなことにはなりたくない。
毎年新しく、毎年違う。そんな日々を送りたい。

※(余談だが、毎日は楽しくいきたいのである。毎日を楽しくいきたいのである。バカになれない人がバカです。バカになれていない、いろんなことに縛られている自分がいるのが、くやしい。世間体。職業病。職業柄。決まりごと。ルール。もちろんルールを守らせる仕事であるから、まずは自分から、と思うのは、正しい「いきかた」である。でも、僕の場合、きまじめなところもあって、それが、いろんなことを、がんじがらめにする。
でも、卒業式は、自然と心の縛りから開放されて、涙を拭かなかったけれど。)

卒業式で歌われる『旅立ちの日に』は、反則である。

YouTube - 旅立ちの日に♪
YouTube - 旅立ちの日に
YouTube - 初音ミク 旅立ちの日に?!
(今はなんでもYouTube、であるなあ。)

※川嶋あいのYouTube - 旅立ちの日に・・・も良い。

別れの季節。
異動の季節。

春の嵐が吹いている。
written by B&M
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地デジ対応液晶テレビ
臨場感あふれる3D対応やモノリシックデザインなど液晶テレビ〈ブラビア〉新シリーズ | プレスリリース | ソニー

ソニー/BRAVIAとしては、やっぱり3D対応、ってのが今年の大きな変化なのか。
ネットワーク化、というようなことも言っているけれど、それ以前に日本のコピーガード機能によるこの閉塞性をなんとかしてほしい・・・
が、もう走り出したものは止まらないんだろうな。
written by B&M
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iPhoneでFF?!
iTunes App Store で扱っている iPhone、iPod touch、iPad のFINAL FANTASY

ページの名前にiPadがもうすでに入っている。
性急だなあw

ついにFFまでもiPhoneゲーム化!
いやあ、値段高いし余裕ないから買いませんが、進化しますねえ。

iPhoneで面白かったゲームは、
・TowerDefense
・アバター
・バイオハザード(DG)
・Everest(モノ探しゲーム)
・Myst
・iFish(魚釣り)
・Zen Bound(縛り上げゲーム)
・Paper Toss(ゴミ投げ捨てゲーム)
・SILENT HILL
ですが、ほとんどイージー版でクリアしたらやり込むというようなことはなく、めんどくさくなって途中で放り出すものも多く、一過性です。
まあ、それでいいのでしょうが。
written by B&M
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ライフログでタイムウェイスターを駆逐する
ブログは続けるべきかやめるべきかで、ブログがタイムウェイスター(Time Waster=時間の浪費者)になっているかもしれない、ということを書いた。

過去へ、過去へと飛び去っていくログ2で、ログについて書いた。

で、人間に日々与えられる24時間を何に使っているのか、という話。

だいたい3分の1は睡眠でとられる。

残りの3分の1は休日でも仕事や家事でとられる。

で、残りの3分の1、つまり8時間くらいしか、休日でも自分の時間はない。

ライフログによると、映画を見たって?
8時間中の2時間か。残り6時間。

ライフログによると、ブログを書いたって?
2時間も?(僕にとって、思索の時間とすれば少ないので、「も?」とつけるのは抵抗があるが。)
残り4時間。

漫画を読んだって?
1時間?
残り3時間。

みるみるうちに時間は減っていくのだ。

ライフログをつけて、取捨選択をする、というのも、必要なことなのかもしれない。

まずは、自分がなにをすべきで、何をしないべきなのかを考えなければならない。

その取捨選択をする時には、自分の夢や理想といったものが基準になってくる。

家庭を大事にする小説を書く知的な英語教師、というようなものになりたい場合、まずはどんなことを切り捨て、どんなことをすればいいだろうか?
written by B&M
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過去へ、過去へと飛び去っていくログ2
過去へ、過去へと飛び去っていくログの続き。

そうだ、なんでこんな題名をつけたのだったか、思い出した。
要は、「忘却」の話だったのだ。

※今、外山氏の『忘却の整理学』を読んでいる。

なんの映画を見た、なんの漫画を読んだ、なんの小説を読んだ、
なんの事件を聞いた、誰と会った、何をした、何キロ太った、
何を買った、何を失敗した、
何をつぶやいた、何を聴いた、何を思った、
何を作った、何に感動した、

我々は日々の営みをすぐに忘れていく。
昨日の夕ご飯は?
・・・覚えていない。
でも、記録していれば、あとで、感傷にひたりながら思い返すことができる。

すべては、理解する時には、感傷と共にしかないのか?
そんなの、ひどすぎる!
そんなの、文学的過ぎる!

なんで僕らは、日々、ログ化される前の日常を、もっと愛おしむことが、慈しむことができないのだろうか!

楽しまないほうがバカなのです!(だからって誰がそんなモラルに反するようなことばかりできるっていうんだ?)(モラルを守りながらするんだよ。)(むずかしいね。)
written by B&M
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過去へ、過去へと飛び去っていくログ
ログというのは、記録のことだ。
ライフ・ログなんて言葉が誕生したが、日常生活のいろいろを記録しておく、というようなことだ。

ログハウス、なんていう時のログは、丸太のことだ。
丸太には、年輪が刻まれている。
1年ごとに刻まれるようで、これも、その樹木の生きてきた「記録」だ。
自然界では、他にも地層など、自然と刻まれる「ログ」がある。

ログポースなんてのが人気アニメで登場したりしているので、もうかなり一般的だと思われるこの言葉。
ONE PIECEの用語一覧 - Wikipedia

こうして日記のようにブログをつけていると、それだけでログである。
その日どんなことがあって、どんな人と会って、どんなことを思ったか。
・・・なんてプライベートなことはおおやけにしたりはしないけれど、このブログに書いたことを頼りにして、僕だけにしか分からないその日のことをちょっと思いだしたりすることができる。

iTunesの「追加日」「最後に再生した日」「再生回数」なんていうログは、画期的だった。
自分がどんな風に音楽を聴いているのか、客観的に見ることができるようになった。
コンピュータはなんでも記録していくのだ。
そう、このブログの記事を書いた日付なんかも、すべてだ。

写真を撮っても、その日付、時刻、秒まで刻んでくれるから、デジカメからコンピュータに写真を取り込んだあとも、勝手に並べ替えてくれる。
この頃では、場所の情報まで付加される。

しかし、どうも息苦しい、と思う人も出てくる。
スケジュールを徹底的に管理されるようなものである。
・・・仕方ないのかなあ。

自分が生きる軌跡を残したい。
ブログは、そういう意味でも書かれている。
その日その日の生きた証し、というわけだ。

でも、何億という人がそんなふうにログを作り始めたら、見てくれる人はどんどん少なくなっていく。
少なくとも、そのログに価値がある、と思われるような、有名人とかでないと・・・。

矛盾。

トイレットペーパーがなくなったことに気づいて、時間の経過を実感する。
他にも、いろいろ時を刻む、記録する日用品は多い。
充電がなくなったデジカメ、ケータイ。
ガソリンがなくなる車。
ティッシュ。
積もる埃。
読み終わった本。
更新されるブログ。
移動していく封筒。(「超」整理法)
すり減った靴下の裏。
減っていく冷蔵庫の中身。

なくなったものは補充され、また繰り返される。

ただの繰り返し?

いいや。
そういうことひとつひとつが、僕の肌や細胞に、そこはかとなく刻まれているんだ。

この頃、ふと昔を思い出したりするようなこともある。
人はその瞬間に生きているけれど、尻尾のように、過去から連綿と続いてきているってわけだ。
written by B&M
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ブログは続けるべきかやめるべきか
こういうタイトルを、なんていうんでしたっけ・・・釣り?
要は、必要以上に物議をかもさせようとしたり、客の目を引こうとしたりすること。

核戦争が起きるぞ、と言ってシェルターを売るような、そんなことと似てるのか?

論文のような文章を書いたりする時には、あるいは新書のタイトルなんかでは、読む者に危機感や好奇心や問題意識を持たせるために、そういう題名を付けたり、「はじめに」で語ったりする。

で、本題。
ブログは続けるべきか?やめるべきか。

結論から言うと、僕はこのブログをやめようとは思っていません(-ω☆)

ブログは回り続ける車輪。
その昔、ふとブログをはじめようと思った大学4年の時から、毎日ではないけれど、それなりのペースで続けてきた6年間。
ブログという受け皿があるというだけで、自分のしがない創作意欲とか表現欲というものを満足させることができてきた。
また、そういう受け皿があるからこそ、僕の脳みそはなにがしかを考えたりして、吐きだしたりしてきたんじゃないだろうか。

でも、もし、と仮定してみる。
もし、ブログをやっていなかったら、僕の創作意欲は減退し、行き場をなくし、僕は何も考えなくなり、ただ日々を黙々と過ごすことになっていただろうか?

ブログは、垂れ流しである。
情報とはフロー、動くことこそ本望だから、僕のところで止まらず、僕が思ったことを色付けしながら、垂れ流したらいいんだよ、とは、言い得て然り。
「垂れ流し」って言葉が糞尿を思い起こさせるからイメージがマイナスになるんであって、もっと別の言い方、「常に運動している」とか、そういう言葉ならかまわないだろう。

でも、と思う。
情報というか、思念や思考や情感をぐっと堰き止めて、溜めて、パワーを一気に輩出するようなことではない。
ブログは、もっとお気軽で、簡単で、稚拙で、だからこそ続くのだ。

となると、ブログをしていることは、こまごました手先仕事にかかずらわって、大きなことはできない、ということにもなりかねない。

斎藤孝さんの『座右のニーチェ』に、こんな一節があることを思いだす。
 「胸にしまっておけ」とゲーテが言うのは、個々の思索の具体的プランをあれこれ話すべきではないというより、その人の魂にとって大事なことをむやみにしゃべるなという意味だろう。語らず心にしまっておくことで、エネルギーは満ちてくるものだ、と賢者たちは考えている。(p41)

他に大きなことをやっている人は、ブログで多くを語ったりはしない。
スポーツ選手やアイドルなんかは、客商売だから、ブログでコミュニケーションをとったりするけれど。
村上春樹氏はブログなんて持っていないし、ミスチルの桜井和寿氏だってそうだ。
なんだ、僕が好きな人たちは、ブログなんてやっていないんじゃないか。

でも、小説や歌といった、他に表現する場所を持っている人はいいんだけど、今のところ、僕にとってはそういう適切な場所がない、ということなんだろう。
・・・教室?
教室が、もっと自由にいろんなことが言えるようになればいいのかもしれない。

でも、いろんなことを考えたりして、なかなか難しい。
子どもたちの後ろには、保護者や委員会や法律やなんかが透けて見える。
おそろしい。

もっと度胸を持ちたいが。

日記的なブログと、技術訓練的な、鍛練記録のような、情報収集的なブログとがある。

僕は25peso読書ノートで読書記録を行っている。
1000冊分の更新を目指してやっている。
公開して努力する、というのは結構効く。
別に誰が応援してくれるわけでもなんでもないが(笑)、「公開して努力できる」という自信にはなった。

一方、続かなかったのは、E-Diary+25peso+短編小説ブログ『にじゅうごぺすとりぃ』である。

E-Diary+25peso+のほうは、英語を書く練習に、と思ってはじめた英語ブログ。
続いていない。
でも、あんまり英語を使う機会もないので、こんなことでもして、もともと大したことのない英語力を錆びつかせないようにしないといけないなあ、とは思っている。
『「英語で日記」をはじめよう!』なんて本があって、毎日のテーマを提案してくれたりするのがある。
そんなんでもやってみようかな、なんて思ったりする今日この頃。

短編小説ブログ『にじゅうごぺすとりぃ』のほうでは、小説を書いて公開する、ということをしたかったんだけど、それで実際に公開しているものもあるけれど、それ以降沈黙している。
小説を書くのは生半可なことではないので、そんなに頻繁に更新することはできない。
でも、更新できるようなものを今用意できている状況でもない。

たくさんの皿を回したら、ひとかどのものになるかなあ、なんて夢想したところはある。
皿、とは、行動や思考の受け皿、という意味でもある。
日々やり続けないことには、自分のものにはならない。
だから、毎日皿を回し続ける。
でも、教育に、読書に、英語に、小説に、とは、やりすぎたところもあるんだろう。

でも、皿回し、日々のルーティンとして、ブログがあったことは、マイナスではなかった。
続けたおかげで、なにがしか自分という存在を支えている、文章を書くということ、考えたり、着想したり、ふと気づいたり、まとめたりするということ、そういうことができた部分もあった。

ただ、一生、こんな風に、適当に書きなぐったりして、なぐさめものではないけれど、それを繰り返して終わるのか、とふと疑問に思ったりもする。

「残るもの」は、それなりの器に入っている。
ブログは、少なくともその器にはなり得ない。
ブログを書籍化、とかいうサービスがあるけれど、形を変えないと、残るものにはならない。
それはちりあくたってもんである。

でもその、残らないって軽い意識があるから、垂れ流し、軽く書き続けてこれたのかもしれないけどね。

とりあえずしばらくは、このままかるーく書き続けていこうと思う。
そのうち、ふと思い立って、それこそ、「よし、ブログをはじめよう」と思った時みたいに、「よし、ブログをやめよう」と思うことがあるのかもしれない。
確かに日々の生活の中で、ある意味では「タイム・ウェイスター(時間の浪費者)」としてあるこの習慣だ。
習慣を変えれば、人生が変わるのだ。

このことについては、また折りに触れて、考えることになるだろう。
written by B&M
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エコポイント変換
日本図書普及株式会社から留守に配達があったらしい。
不在者伝票を見て、これはなんだ、と思った。
エコポイントだった。
テレビを買ったエコポイントを、図書カードと、残りはスーパーの商品券に変換したのだった。

スーパーの商品券のほうは、ハガキが届いて、それをスーパーに持ち込むことで発行された。

図書カードのほうは、運送会社の配送だった。
「この度はエコポイント交換商品として図書カードをご指名頂きまして誠にありがとうございます。」なんて挨拶が添えられていた。「どうぞ素敵な本との出合いにお役立てください。」
図書カードの挿画はフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」だった。なかなかクール。
written by B&M
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